●芳さんの社会人編その3

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ガジュツ畑         屋久島の縄文杉樹齢7200年
●芳さんの社会人編その3
藤五伊勢丹から高崎伊勢丹そして撤退するまでの約8年間は、
大変でもありましたが、母のこと以外は結構充実していたように思います。
その2で出てきた屋久島の自然薬「恵命我神散」との出会いが、
その後の芳さんの人生に大きく変えることになりました。

母親は、結局、肝硬変から肝癌と進み、59歳で他界したのですが、
亡くなる直前に芳さんも30歳を目前に結婚して
(亡くなる直前に嫁さんを紹介出来ました。)、
新しい人生を模索し始めたとき、母親を通じて関わった、
屋久島の自然薬「恵命我神散」の製造メーカー㈱恵命堂から
働いて見ないかという誘いを受け、お世話になることになりました。

まさに、母が繋いでくれたご縁が製薬業界で働くきっかけになったのです。
当時まだ、会社も母親の病気の状態を考慮してくれ、
製造メーカー直営薬店を高崎に造り、その後、前橋にも直営店を増設し、
2店舗の担当として、この恵命我神散の普及を仕事として
3年やらせてもらいました。

その後、場所を高崎駅前に店舗兼事業所を新設移転し、
直営薬店の運営と地方営業を兼ねた高崎出張所を開設して、
初代出張所長として群馬県・新潟県・栃木県の営業エリアと直営店の運営を任され、
飛び回るようになりました。月の内2週間位は出張になっていたように思います。
業績も時代の追い風もあり順調に上げていたように思います。

今考えると、この時期芳さんにとっては、
宝の時期ではなかったかと思います。
各地域の薬局・薬店を対象にしたルートセールス、並びに、新規開拓等々、
漢方薬に関することや健康食品その他健康に関する色々な情報を
五感で体験することが出来ました。

地域性もありますが、昔から薬局・薬店を営んでいるお店も多く中には、
何百年も代々薬屋さんを営んでいるお店も有りました。
そんな中、世に出されてる沢山の医薬品や漢方薬・健康食品等々の中で
自然と眼力が備わって行ったように思います。

そして、あっと言う間に15年が過ぎた頃、バブルもはじけ景気の波もあって、
ドラックストアーを取り囲む状況も一変し、
直営店舗運営の方が下降線をたどり、撤退の話が出て来ました。
社長から東京の本社に戻るよう話がありましたが・・・

そんな時、当時、家業の店舗を守っていた私の父が、
やはり足を患い仕事に陰りがみえて来たので何とかしなくては、
と思っていた矢先の東京本社への話でした。

いよいよくすり屋芳さん誕生までの経緯が見えてきました・・
いよいよ起業することに・・・
起業編その1を楽しんでください。
起業編その1に続く
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