●くすり屋 芳さんの 社会人編その1

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●くすり屋 芳さんの社会人編その1

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いよいよ大学を卒業した芳さんは、
いきなり藤五伊勢丹の新館BIBI高崎へ出店した支店の店長として船出しました。
バイト経験はありましたが、社会経験の全くない状態で経営の一旦を担うことになりました。
大学で学んだマーケティングや会計学や経営学の机上の知識を活かしながら、
何とか日々頑張っておりました。
でもやはり教科書と実践は別物で、人の問題、日々の売上管理、
仕入れや販売促進のための施策等々、
悪戦苦闘しながらも、逆に色々学びの時間でした。

そして、藤五伊勢丹というビル全体の企画運営にもこの時期に携わることが出きました。
伊勢丹本社の幹部の方に色々ご指導頂きながら、デパート運営のノウハウも勉強させていただきました。
テナントの業種がカネボウ化粧品とブランド品クリスチャンディオールを扱うお店でしたので、
当然お客様は女性が中心でした。

勿論、2名いた従業員も女性でしたし、
女性をターゲットにした品揃えが要求されました。
売上も順調に何とか家業の支えに成るくらいまでのところまで来た時、
また、新たな問題が生じました。

時代の反映なのか、それともデパート戦争に巻き込まれたのか、
伊勢丹自体の集客力が落ちてとうとう高崎伊勢丹自体が、
撤退することになりました。昭和60年のことでした。

この約8年間のテナントの支店経営をやめることになった芳さん、
父親をサポートして本店に入るか、
新たなる道を探すのか・・・

いよいよ芳さんのくすり屋に成る一つの転機が訪れることになります。
まだまだ続きますので、
是非次回も楽しんでください、

社会人編その2へ続く

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  • […] ところが社会人編で話してきたように、 テナント出店の機会が生じ、主に中心になっていた母が、 病気で倒れてしまった時から、父親の負担が増え、 それと同時に化粧品業界も国内市場が低迷し始め、 大型ドラックストアや、通販業界に市場を奪われ、 零細の中小店舗は少なからず厳しい局面に立たされました。 […]